2015年12月29日火曜日

日本政府は反省せよ!! デモ行進


日曜日はデモにご参加頂き有難う御座いました。
意見の分かれる合意ですが47名の方にお集まり頂きました。

米国も金を払えとは言っていないのに拠出を決めた外務省と安倍総理。
謝る必要など無かったのに謝罪。 海外では「日本政府が日本軍の強制連行を認めた」と嘘発信されました。

本当に泣きたくなります。 でも落ち込んでいるだけでは前に進めませんね。
3月の日米韓首脳会談までに安倍首相が真実を、日本軍は強制連行していない事を世界に発信して欲しいと陳情しましょう。








------以下告知時の文面------


今回の日韓合意、あなたはどう感じますか?
日本政府は正しいと思いますか?


【日時確定】平成28年1月10日(日)

(集合)13:00
(出発)14:00

※ 小雨決行、中止の場合告知<http://rinpuu44.blogspot.jp/>

【集合場所】
大阪市・靭公園 東園グラウンド
(地下鉄四つ橋線 本町駅)

【現場責任者】
獅子座なお

【主催団体】
凛風やまと・獅子の会




家族の為、国の為 闘った英霊を冒涜する韓国
そして英霊と英霊を癒してくれた慰安婦を引き裂いた愚者

それは自虐史観に汚染された日本人と、他でもない日本政府ではないのか?

彼らは言います
『 日本は侵略戦争をした 』 と

ではこのマッカーサー証言は何なのでしょうか?
「日本の戦争は自衛戦争であった」

これは米国上院に残る一級史料の一つです



今回の合意がアメリカの圧力、対中政策、最後通告であることもわかります。

しかし早くも韓国国民、団体、政治家は慰安婦利権を手放すまいと動いています
海外の反日メディアは政府がセックススレイブを認めたと書き立てています
1円でも公的資金を払えば認めたと言われるのは当たり前。

日本政府がすべきは韓国が反日を止めない国だとアメリカに理解させ、導く事だったはずです

今、国民が支持率の高い安倍政権に対し
正しい怒りの声を上げるかが問われています




不要な半島のために明治時代以降、過去の数々の戦争が行われてきたことを日本はいい加減反省するべきです。
簡単にアメリカの言うことを聞くだけでなく説得に力を注ぐべきであると考えます。

是非ご参集下さい。



【日時確定】平成28年1月10日(日)

(集合)13:00
(出発)14:00

※ 小雨決行、中止の場合告知<http://rinpuu44.blogspot.jp/>

【集合場所】
大阪市・靭公園 東園グラウンド
(地下鉄四つ橋線 本町駅)

【現場責任者】
獅子座なお

【主催団体】
凛風やまと・獅子の会





以下、参考に







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「慰安婦妥協」二つに分かれるナヌムの家の慰安婦
日本軍慰安婦被害者は28日、日韓両政府が外交長官会談を通じて慰安婦問題の妥結を発表したのに対し、食い違った反応を示した。  一部のおばあさんは及ばなかったが政府の意思に従うと明らかにしたが、他のお婆さんたちは法的賠償が抜けた合意を受け入れられないという反応を見せた。  被害者支援施設である京畿道広州の分かち合いの家の居間でTVを通じて交渉妥結のニュースを聞いたイ.オクソン(89)さんは「被害者がこんなに苦労して待ったが、政府に残念だ」、「私たちはお金より名誉を回復されなければならずそれで謝罪と賠償をしようとしている」と、今回の合意文に法的賠償表現が抜けた点を指摘した。  李さんは「年内に解決すると信じたが、今日見たら、慰安婦問題を解決しようとしているのか、しないとするのか分からない。 おばあさんたちが死ぬ事を待って賠償しそうにない」と寂しさを吐露した。  一方、ユ.ヒナム(88)さんは満足はできないが、政府の意向に従うという立場を明らかにした。  ユさんは会談の結果について「私たちは政府の意思だけを見て政府が法的に解決する事だけを待っていた」、「政府からどうせ出て年内に解決しようとして苦労したと思うと、政府に言われた通りに従いたい」と話した。  ユさんはしかし、「私たちが生きたこの日を思えば、今はお金が問題ではなく我々が人間としての権利を持つ事ができず、生きてきた為、満足はできない」と付け加えた。  カン.インチュルさんは「私たちは強制連行された」と強調して「私たちに聞いてもくれず、合意したのか」と合意過程で、おばあさんらの意見が排除された事に対する不満を表した。  被害者らは、在韓日本大使館前の少女像の移転と関連しての意見であり、絶対に移転してはならないと強硬な立場を示した。  おばあさんらは、しかし、その大半が高齢者であり、合意内容が外交的に表現された部分が多いので、日韓政府間の合意事項についての正確な理解が容易ではない為か、統一した立場の整理を行う事はできない様子だった。  これと関連して、ナヌムの家のアン.ジングォン所長は「凄く期待したのに、我が政府が妥結に先立ち、被害者に十分に内容を知らせてくれて協議過程を経なければならなかったが、そうでない為、困惑する」、「被害者一人一人が被害の当事者である為、生存した46人がみんな集まって協議過程を経なければならない様だ」と話した。  アン所長は「おばあさんたちに事前に説明せず、妥結を発表をした所を見ると、両者協議の限界を明らかに示したもの」とし、二国間協議の限界を越える為には多国間に仲裁委員会の構成が必要だと提案した。  被害者らは、今回の日韓外相会談に先立って強制動員と法的責任を認めない、真正性のない謝罪は受け入れられないとし、生存した46人のお婆さんたちが一人でも反対するなら、会談の結果を受け入れないという立場を堅持してきた。 
  聯合ニュース http://goo.gl/yqsSwy  
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http://m.yna.co.kr/mob2/jp/contents_jp.jsp?cid=AJP20151229002000882&page=1&domain=6&ctype=A&site=0400000000


http://m.yna.co.kr/mob2/jp/contents_jp.jsp?cid=AJP20151230001500882&page=1&domain=6&ctype=A&site=0400000000








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◆最後に、一体「従軍慰安婦」の証拠は何処にありますか?
資料の一部を載せておきます。



合邦希望の電報。
朝鮮政府は自ら望んで韓日合邦を要求したのです。



済州島新聞(韓国の新聞)
「今年4~5月、済州島内で70代後半~90代の計約40人に話を聞いたが、
強制連行したという吉田氏の記述を裏付ける証言は得られなかった



朝日新聞が「日本軍強制連行」として報じた記事だったが・・・?



警察が違法売春業者を取り締まる要請の文章だった。




慰安婦、文玉珠の郵便貯金の原簿。
総理大臣年収2.8年分。

ちなみに「戦りふ」の軍事郵便貯金は一般人でも使える
どこでも引き出せるので便利だから利用されていた。




アメリカの国立公文書館資料
「慰安婦とは売春婦にすぎない」





朝鮮人の女衒(売春斡旋業者)による犯罪、
これを官憲(日本の警察)が抑止していたという記事。


2015年12月15日火曜日

H27.12.13 南京城陥落記念日、30万人南京大虐殺を言い張る支那領事館への抗議。

12月13日は南京城陥落記念日です。

日本軍が悪辣なる支那軍から南京市民を開放した記念日です。
この日30万人南京大虐殺と根も葉もない嘘を流布している支那領事館に抗議文を投函しました。

南京市民にとってとても喜ばしい日であり、残虐な国民党軍から開放された南京の子供達は日本軍から笑顔でお菓子を受け取る・・女達は壕から出てきて笑顔を見せる・・大人達も満面の笑みでカメラマンに集まって来る姿が残っています。

南京市民は日本軍が入城する以前から国民党軍に略奪、強姦、虐殺され、軍人=恐怖の対象でしたが、規律正しい日本軍による炊き出し、配給などですっかり安心し、上海に疎開した市民が戻ることで約20万人だった南京市内の住人もたちまち25万人に増加したのです。


現在支那は30万人南京大虐殺と根も葉もない嘘を流布していますが、そもそも30万人も人数が居ません。

城外から入城するまでにも殺したと発言を変えてきていますが、それを行なったのは焦土作戦などで焼き尽くし、惨殺した国民党軍です。









---------以下抗議文---------

抗 議 文

駐大阪CHINA総領事 劉毅仁に告ぐ

本日12月13日は南京陥落記念日で南京市民を支那軍の横暴から日本軍が開放した日であり、去年から習近平が国家追悼日を決めたらしいが、決して南京大虐殺犠牲者国家追悼日などではない。追悼式典をしたいのなら国民党軍が南京市民への大虐殺を行った日、そして共産党軍が南京市民への大虐殺を行った日を国家追悼日としなくてはならない。
1990年、「義和団の乱」が起こり、なんと愚かな清政府は義和団の方が強いと見るや逆に義和団に加担した。皆殺しになる状況を見かねた列強8カ国が義和団の鎮圧に出動した。今で言うPKO活動である。軍を派遣した8ヵ国、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、ロシア、オーストリア(=ハンガリー)と日本である。約2ヵ月後、8ヵ国の連合軍は首都北京及び紫禁城を制圧し、乱を鎮圧した。
列国と清国・義和団との戦闘の事後処理に関する最終議定書の『北京議定書』に基づき、列強各国に自国民の保護の為に支那への駐兵権が与えられた。日本軍が支那に駐留していたのは、そういう理由からである。イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、ロシア、オーストリア(=ハンガリー)と日本など出兵した8ヵ国と、ベルギー、スペイン、オランダを含めた11カ国の欧米列強は皆駐留していた。
この後、辛亥革命で清国が完全に滅び、支那は群雄割拠の時代となり、統一政府は無くなったのである。そうすると、軍閥があちこちで勝手な事を始め、住民からは勝手に税を取り立て、若者を勝手に兵にとり、あちこちで略奪、殺戮を繰り返すようになった。そのような状況で、どこにも治安の維持は頼める訳もなく、外国人は自国の居留民は自国の軍隊で護るしかなくなったのである。支那の伝統では、昔から都市に軍隊が入ってくると、略奪、放火、強姦、殺戮が行われていたので、各国の駐留軍はそれを防ぎ、あわせて支那人をも保護していた。当時、支那では租界の中だけが平和で安全で文化的な世界だった。 この状況は支那の各軍閥にとっては腹立たしく、理由はそこに逃げ込んだ民間人からは税を徴収できず、なによりそこは彼らの力の及ばない所だったからである。彼らは、何とかして、外国人の支配する租界を破壊し、彼らの好む治安の悪い世界へと引きずりおろそうと画策した。その頃から情報戦が今の今まで続いている。

そのような中、日本はいつ支那との間で戦争が行われたのか。どうしても戦争したい支那国民党軍と工作活動に精を出す支那共産党ゲリラ軍が次々と事件を起こす。「盧溝橋事件」もその一つである。よく世間で言われる「盧溝橋事件」が戦争の始まりではなく、和平協定を結んでいて、日本は戦闘を拡大する気もないのに次々と支那側から挑発が繰り返し行われ、「郎坊事件」そして「広安門事件」ついには「通州事件」へと毎日のごとく事件が続けられた。「通州事件」では世紀に残る比類なき鬼畜の所業が支那人によって繰り広げられた。1937年7月29日深夜、支那兵が通州の日本人住宅を襲い婦女子を含む二百数十名を惨殺した。その残虐行為は「ある者は耳や鼻を削がれ、女性の陰部には丸太を突き刺し、乳房を削がれ、ある者は鉄線で数珠つなぎにされ池に放り込まれた」聞くに堪えない阿鼻叫喚の大虐殺事件を当時の新聞や雑誌はこぞって報道した。これら日支事変は支那側の一方的な挑発行為が原因だった。この様な状況に至ってもまだ日本は和平への道を探し、戦争への決断がつかずにいた。それから89日後、上海事変で初めて軍を侵攻させた。これが「大東亜戦争」の開始である。この時、租界を戦闘地区から切り離したことで非戦闘員の上海市民の安全を確保した。英字新聞は「日本軍に感謝!この事態に対し上海人は感謝しなければならない」と伝えている。
上海事変で負けた蒋介石軍の敗残兵が南京城内になだれ込んだ。その時の様子を蒋介石が1937年11月30日の日記にこう書き残している。「交戦の果てに東南の豊かな地域が敗残兵の略奪場と化してしまった。戦争前には思いもよらなかった事態だ。
撤兵時の略奪強姦など軍紀逸脱のすさまじさにつき、世間の軍事家が予防を考えるよう望むのみだ」
またニューヨーク・タイムズも支那軍の焦土作戦をこう報じている「7日も南京市外10マイルの地域内にある全村落に火を放ち、日本軍の進撃に役立つ物は焼き払わんとしているため、南京市は濛々たる黒煙に包まれた」つまりは南京で略奪・強姦・惨殺・放火を繰り返していたのは支那軍であり証拠はいくらでもある。
いち早く南京を放棄して遁走していた蒋介石将軍に後を任された唐生智将軍も日本側からの投降勧告に応じず、結局は遁走することとなる。南京混乱の原因はこの二人である。
戦争で日本に勝てなかった支那は自ら国土を破壊し尽くした責任のすべてを日本側になすりつけるため、情報戦の道具として自ら南京の混乱を望んだのではないのか。
南京攻略戦の世界各国の取材陣は南京陥落前から「AP通信」、「ロイター通信」、「パラマウント・ニュース」、「ニューヨーク・タイムズ」、「ロンドン・タイムズ」、「シカゴ・デイリー・ニュース」などいたが、南京城内で日本軍による大虐殺があったと報じた記者は一人もいなかった。日本人記者も「朝日新聞」80余名、「毎日新聞」70余名、その他「読売新聞」「NHK」などおびただしい数の記者が入城しており、水も漏らさぬ報道体制であった。




国民党を追い出して国を略奪した共産党、ありもしない日中戦争、日本とは戦ってもいない共産党政府が抗日戦争勝利とは笑わせるな!ただただ大陸中を逃げまわっていただけの共産党軍などに国としての正当性など始めから無い。国民の反日感情を煽りそれを頼りに国を治めるしかない能なし国家の中国共産党、その一つに思いついた南京大虐殺だが所詮は嘘であり嘘の上に嘘を塗り固めても所詮は砂上の楼閣、必ず崩壊するのだ。

支那共産党が出してくる証拠と言えば捏造写真ばかりであり、また捕虜として捕まえた日本兵に6年半をかけて徹底した洗脳工作を施した。支那が行った非道な行為を日本が行ったかの様にすり替え拷問などを毎日続けた。洗脳済の元日本兵を日本に帰した「中帰連」と呼ばれる工作員にされた哀れな者の証言のみであり、そんな証言は証拠とはなり得ない。何が30万人南京大虐殺だ。そして捏造証拠を根拠に偽札混じりの大腸菌まみれの1兆円もの金をかけブラックプロパガンダを世界中にばら撒き続ける卑怯者の偽物国家、汚れた空気を周辺諸国にばら撒き続ける汚物テロ国家、危険な食物を世界各国にばら撒き続ける食品テロ国家、無理勝手な理屈をつけて我が物顔で他国を侵略する盗賊テロ国家、それがどこまでいっても本物にはなれない支那共産党政府である。
本当にあったのは通州大虐殺であり、日本人に対する支那人の鬼畜の所業の事実を後の世に語り継がねばならない。我々日本人は絶対に忘れることはない。
世界中、特に周辺諸国から見れば傍若無人・迷惑千万な存在でしかない支那共産党よ!世界平和にためにさっさと滅びてしまえ!



平成27年12月13日
凛風やまと・獅子の会

2015年12月13日日曜日

要拡散! 外務省による支那への拠出阻止へ【今週水曜まで】



拡散、周知願います。 【今週水曜まで】


「中国の緑化」めぐり日本政府が100億円弱を拠出する方針固める
http://news.livedoor.com/article/detail/10910412/


◆ 現在外務省らは、日中緑化基金として100億円も支那に拠出しようとしています。

とんでもない。
支那の通貨はIMFが国際通貨と認めたんでしょう?
ならこれもODAも必要ないでしょう?



◆ さらに、この日本の善意の植林事業は内蒙古自治区(南モンゴル)において、より一層の砂漠化を招いています。

南モンゴル出身のブレンサイン氏講演録より(早稲田大学モンゴル研究所 客員研究員)

***
――沙漠化のメカニズム

沙漠化がどういうメカニズムで起きるかということを、開墾と関連づけてお話したいと思います。
 みなさんがご存じのように、モンゴルのステップの表土は、大体三〇センチから四〇センチの多年草の根によって構成されています。モンゴルに行って、大地の断面を見ると、一番上が黒い層で覆われています。その土には、多年草が生えていまして、毎年その根から新しい草が出て、家畜たちがそれを食べて生活ができていたわけです。すき(犁)を入れて開墾すると、ちょうど三〇センチぐらいの黒い表土が耕されるわけです。
そうすると多年草の根もなくなってしまう。一応黒い土ですからある程度の栄養があって、三年から五年ぐらいは農業ができます。
二年目、三年目ぐらいまではいい収穫もできますが、モンゴルというのは風が強いところで、五年ぐらいたちますと風化してしまうんです。そして、表土の下に砂状の土があって、それが出てくる。そうして沙漠化が起きるんです。

 今中国では、開墾したところを牧草地に変えよう、林業地に変えようという政策をとっているんですけれども、いったん開墾された土地の多年草の表土は二度と回復できないんです。
数万年かけてできたモンゴル草原の表土は草原の保護層です。ですから、モンゴルのステップはいったん開墾されると二度と回復しない。
これだけは強調しておきたいと思います。
***

ボリジギン・セルゲレン氏のご意見
http://www.smhric.org/jap_29.htm


◆ 日中緑化基金について今週の水曜日に外交部会が開かれます。
支那への100億円支払いがそこで決定される見込みです。唯一の阻止は国民の声しかありません。
推進議員は伊藤忠彦議員(愛知8区小渕元首相の秘書,二階の手下)で彼にこれまで小渕内閣から続く日中緑化事業の効果の具体的検証結果と今後の費用対効果を質問する形で抗議するのが効果的と聞きました。
是非、伊藤忠彦にメール、電凸の嵐をお願いします。尚日中緑化事業金は一旦、日本の日中緑化交流基金に入り支那政府にながれキックバックされているようです。
伊藤忠彦のHP
http://tadahiko-itoh.com/



◆ 皆さんの声を是非。

一人ひとり少しの力でも集まって大きな声となります。

日本の税金を溝に捨てる親中派官僚、政府は害悪でしかありません。
即時中止を求めましょう。



2015年12月5日土曜日

30万人南京大虐殺?何それ!デモ


日付は過ぎましたが、「南京大虐殺ww何それデモ」へのご参加、応援本当に有難うございました。


告知も遅く土曜日だったにも関わらず、45名の方々にお集まり頂きました。

デモ途中、観光客支那人らしき者が支那語でわめき散らし突っかかって来ましたが、捏造された歴史を盲信する可哀想な方ですね。

帰りに許可書があったので梅田で街宣していると、大きな声で2人ほど「そうだーーー!!」と応援する声が上がりました!

夕方の梅田に南京大虐殺否定街宣が響き渡りました。









------以下告知の際のエントリーです------

30万人南京大虐殺?何それ!
という事で、デモ行進を主催します。

『30万人南京大虐殺ww何それデモ』

翌る日には「30万人南京大虐殺があった」とするとんでもない反日集会が行われますので、アンチテーゼとなるようより多くの方に、前日のこの日に是非ご参集下さい。

◆12月12日
靱公園 (地下鉄四つ橋線 本町駅)
14時集合 14時半出発

主催  凛風やまと・獅子の会



12月13日は南京城陥落の日です

それに合わせて支那共産党政府・習近平が30万人南京大虐殺(笑)の記念国家行事を行うそう。

なかった事への追悼をするとは相当変わったお国柄のようで呆れますが、呆れてばかりはいられません。

日本に対するブラックプロパガンダを一向にやめようとしない支那共産党政府に対し抗議の声を上げようと思います。


南京戦は、「支那事変」の初期に行われた戦闘であり、当時の支那は国家の体をなしておらず、軍閥割拠の状況にあり、臨時政府を名乗っていたのも、この時点で支那国内にはいくつもありました。

あくまで事変であり戦争ではありません。よって侵略戦争などあり得ません。


捏造証拠しか出てこない南京大虐殺、一方証拠だらけの通州事件。
日本人は通州事件や通貨事件、済南事件など忘れてはなりません。


世紀に残る残忍非道の限りを日本人に対して行ったのは支那人なのです。
学校でしっかり教えるべきは嘘捏造された南京大虐殺ではなく証拠も揃っている通州事件なのです。




【日時】
平成27年12月12日(土)

(集合)14:00
(出発)14:30

※ 大雨の場合中止
※ 時間変更の場合告知<http://rinpuu44.blogspot.jp/>

【集合場所】
大阪市・靭公園

【現場責任者】
獅子座なお

【主催団体】
凛風やまと・獅子の会
http://rinpuu44.blogspot.jp/


当時、現地にいたフレデリック・ヴィンセント・ウィリアムズの証言。

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私が住んでいた北支の150マイル以内のところに、200名の男女、子供たちが住んでいたが、共産主義者によって殺された。20名はほんの子供のような少女だった。家から連れ出され、焼いたワイヤーで喉をつながれて、村の通りに生きたまま吊り下げられていた。空中にぶらぶらされる拷問である。共産党員は野蛮人のように遠吠えしながら、揺れる身体を銃弾で穴だらけにした。日本人の友人であるかのように警護者の振りをしていた中国兵による通州の日本人男女、子供たちの虐殺は、古代から現代までを見渡して最悪の集団屠殺として歴史に記録されるだろう。

それは1937年7月29日の明け方から始まった。そして1日中続いた。日本人の男、女、子供は野獣のような中国兵によって追いつめられていった。家から連れ出され、女子供はこの兵隊ギャングどもに襲い掛かられた。それから男たちと共にゆっくりと拷問にかけられた。酷いことには手足を切断され、彼らの同国人が彼らを発見したときには、殆どの場合、男女の区別も付かなかった。多くの場合、死んだ犠牲者は池の中に投げ込まれていた。水は彼らの血で赤く染まっていた。何時間も女子供の悲鳴が家々から聞こえた。中国兵が強姦し、拷問をかけていたのだ。

これは通州のことである。古い町だが、中国で最も暗黒なる町の名前として何世紀の後も記されるだろう。この血まみれの事件に380人の日本人が巻き込まれた。しかし120人は逃げおおせた。犯され殺された者の多くは子供であった。この不幸なおびただしい日本人の犠牲者たちは暴行が始まって24時間以内に死んだのだが、責め苦の中で死んでいったのだ。中国人たちは焼けたワイヤーを鼻から喉へと通し、両耳を叩いて鼓膜を破り、彼らの「助けてくれ」との叫びを聞こえなくさせた。目玉を抉り出し、自分の拷問者を見られなくした。アメリカ西部の開拓初期の頃のイロクォイ族もスー族もこんなことまで考案しなかった。(中略)

こういう事件が起こっているときも、その後も、日本帝国に住む6万人の中国人は平和に生活していた。彼らの生命や財産は、日本人たちとの渾然一体となった友好的な社会関係の中で守られていた。私は横浜のチャイナタウンを歩いたことがある。他の町でも遊んでいる中国人の子供を見つけた。

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